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区のおしらせ 中央 平成30年1月1日号

新春座談会ーまちづくりの憲章― 基本構想 ―(2)

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東京都中央区

松本 :私は、小学生と保育園児の2人の男の子を育てるワーキングマザーです。普段は、フルタイムで仕事をしています。中央区には、独身の頃から10年間ほど住んでいて、結婚、出産といったライフスタイルの変化をこのまちで迎えてきました。そういった中で、子どもたちが暮らす未来を考える良い機会と捉え、応募しました。
現在住んでいる所の周辺には、高層ビル、高層マンションとともに下町の風情が残っていて、それらが分断されずにうまくミックスされています。以前は日本橋人形町に住んでいたこともありましたが、中央区は地域ごとに素晴らしい特色があると感じています。
居住者としては、衣食住がコンパクトにまとまっていることに高い利便性を感じています。職場へのアクセスもよく、保育園から呼び出しがあっても、すぐに対応が可能です。時間的なロスが少なく職住近接のメリットを享受しています。また、子どもたちと歩いていると、地域の皆さんが温かく接してくださり、治安の良さも感じています。

今井 :私は、平成14年に群馬から上京してきて以来、区内のタワーマンションに住み続けています。この間に結婚して、今年は2人目の子どもが生まれる予定です。
基本構想審議会に応募した理由は三つあります。一つ目は、以前、マンションの理事長に就任した際――そのときは東日本大震災の後だったのですが、区に、住民の安全に関する相談を何度かさせていただきました。そのときの区のしっかりとした対応に感銘を受けたのです。二つ目は、子どもが生まれたとき、子育てに優しい区であると実感したのですが、子育て世代の転入や新生児の誕生がさらに増えている状況の中、インフラやソフトウェア的なサービスが足りているのだろうか、区はどのように考えているのかと興味がありました。三つ目は、少子高齢化が進む中、中
央区が、「未来の都市づくりとはこうあるべきだ」というような、20年後を考えるときの旗振り役になる可能性があると考え、新しい憲章づくりにぜひ参加したいと思ったからです。

竹内:審議会の会長を務めさせていただきました竹内です。私は日本橋人形町で生まれ、育ちました。子どもの頃は、学校帰りに友達とよく「大門(おおもん)通り」で遊んだものです。大門通りという名は、かつて江戸前期に遊郭で有名な吉原があった名残です。もちろん、当時は何も知らずに遊んでいましたが、歴史を勉強するようになり、「すごいところで遊んでいたものだ」と驚きました。当時は、町じゅうで三味線の音も聞こえていましたし、知らぬ間に江戸的な環境の中で育っていたのですね。そんなこともあり、私は江戸の歴史を研究する道に進み、国立大学を定年後、江戸東京博物館の館長に就任しました。その節、『熈き 代勝覧(だいしょうらん)』という江戸・日本橋かいわいのにぎわいを描いた絵巻と出会い、その展覧や解説を行ったご縁で、名橋「日本橋」保存会名誉会員となりました。また、中央区江戸開府四百年記念事業実行委員会会長、中央区町名検討委員会座長なども微力ながら務めさせていただきました。私はそうしたお手伝いをしているうちに、「伝統を学ばなければ新しいことは見えてこない。しかし、伝統にのみへばりついていては新たな創造は生まれない」ということをつくづく感じるようになりました。
今回の審議会は、まさに過去の「伝統」を踏まえつつ、新たな未来を「創造」する架け橋のような役割を担ったわけです。審議会委員の皆さまのご協力のおかげで、
20年後の中央区のあるべき姿を取りまとめることができて、感謝しております。

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※広告は一般社団法人オープン・コーポレイツ・ジャパンが掲載しているものであり、広報紙を発行している自治体とは何ら関係ありません。

〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町2-21-11 山竹ビル